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海岸通り皮ふ科

〒443-0013
蒲郡市大塚町山ノ沢7-5
電話:0533-58-0121
Fax:0533-59-6121

診療科

皮ふ科・形成外科・アレルギー科

診療時間

午前 9:00〜12:00
午後 3:30〜6:30
※土曜日は午前9:00〜午後1:00

休診日

水曜・日曜・祝日・土曜午後

 

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院長の部屋

院長の部屋(34) 「回想 ・・・ Trans Siberian Railroad 1988」

次第に暑くなり今年も皮膚科が込み合う時期となってきました。皆様には待ち時間が長くなってご迷惑をおかけいたしますが、スタッフ一同少しでも円滑に診療が進みますよう努力してまいりますのでなにとぞご理解のほどよろしくお願いいたします。

さて先日、1泊2日の漢方勉強会に参加してきました。九州の大分で開業されている漢方専門医の織部和宏先生が5コマの講義を一人で受け持つセミナーでした。皮膚疾患の漢方治療をはじめ、耳鼻科領域、痛み、アンチエイジングなどに対する漢方治療について多くの知識を学んできました。
1日目の夕食後、織部先生を囲む二次会に私も含めて6名の医師が参加しました。ホテルのロビーバーで深夜1時まで漢方薬の話を中心にお昼の講義では聴く事のできない貴重なお話しを沢山聴かせていただきました。すごいと思ったのは一流の漢方医なのに(だからこそ)、61歳になった今も診療の後に一日3時間から5時間も漢方の古典を字典を引きながら勉強なさっていることや、大分から東京まで毎月のように山田先生という80歳半ばの師匠のもとに18年間も勉強に通って行かれていることなどをお聞きし、最近45歳になった私も今からでも遅くないので、もっと勉強しなくてはと意を強くしてきました。
織部先生いわく、「子供に勉強させるのに一番良い方法は、親が楽しそうに勉強する姿を子供に見せること」だそうだ。先生は子供に勉強せよとは1回も言ったことはないそうだが、3人の子供さん全員が医師になられたとのこと。「人生、生涯勉強や」と織部先生から励まされて帰ってきました。

さて、今回は最近医師会報へ投稿したエッセーをせっかくなので、この場に掲載させていただき今月の話とします。

「 回  想 ・・・ Trans Siberian Railroad 1988 」

1988年夏。シベリア横断鉄道を走る車窓から雄大なツンドラの風景を眺めていた。ペレストロイカ以前のソビエト連邦を1週間かけてシベリア鉄道でナホトカからモスクワまで横断したのだ。

大学5年の夏、横浜港から2泊3日かけてソ連客船のチェルネンコ号で太平洋から津軽海峡を通りナホトカ港に渡った。シベリア鉄道は正式にはウラジオストクからモスクワまでの9300キロをさすが、ソ連時代は軍港のウラジオストクに外国人は立ち入ることができなかったため、私たちはウラジオストクの東側にある商港ナホトカに上陸し、ナホトカ一ハバロフスク間は連絡列車に乗り、ハバロフスクからシベリア鉄道に乗車した。
シベリア鉄道の2等寝台はコンパートメントに2段ベッドが2組、4人1室になっている。列車内に10人近くいた日本人の若者は、食事時になると食堂車で席をともにして、それぞれの旅の話や日本での話に花が咲いた。
夜になると、ひとつのコンパートメントに日本人と親日派の外人が集まり、ソ連入国時に買い込んだウオッカを持ち寄っては毎晩のように酒盛りが開かれた。我々が騒ぐので車掌さんが注意にくるが、ウオッカをなみなみとグラスについで車掌さんに手渡すと優しくたしなめて去り、少しすると今度は車掌さんが差し入れを持って来てくれたりと、多くの懐かしい思い出が蘇ってくる。
当時、ハバロフスク一モスクワ間で外国人が下車できるのはイルクーツクとノボシビルスクのみだった。多くの外国人はイルクーツクで一泊しバイカル湖ツアーに立ち寄る。私もバイカル湖を一目見ようとイルクーツクで24時間の途中下車をした。
そしてシベリアの大地を1週間かけ極東からモスクワまで横断した。
その後、私はプラハ、ブダペストで東欧の自然と歴史に触れた後、当時のユーゴスラビアを南下しギリシャ、トルコ、イスラエル、エジプトと50日間におよぶ放浪の旅を続けた。そして今も夏が来るたびに20年前の熱かった頃の自分を懐かしく思い出す。

平成21年6月9日 院 長

 

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