院長の部屋 87号 漢方の旅
あちらこちらで桜が開花し始めました。この4月から大学入学や就職で地元を離れて行く患者さんも結構多く、まさに旅立ちの春と言えましょう。当地にある、海陽学園の生徒さんも第3期生が卒業されました。海陽学園創立当時から生徒さんは当院へしばしば受診していただいており、12歳から18歳という劇的に成長してゆく時期の彼らを見続けながら、心地よいすがすがしさを感じています。ご縁あって蒲郡で6年間過ごした彼らの前途に幸多かれと、いつも心から応援しています。そして今年もそんな想いを持って春を迎えています。
3年前からA市で皮膚科医院を開業されているAクリニックのN先生の下で漢方治療の研修を受けています。1か月に一度、当院の休診日である水曜日にA市へ通ってはN先生の診療見学を続けてきました。N先生は誰もが認める皮膚科漢方治療の我が国における第一人者で、私たちからみると"神様"級の知識と経験をお持ちの名医です。米寿を迎えられ、私が生まれる一年前の昭和38年からA市で開業されています。患者さんはA市近辺のみならず、かなり遠くから受診される方もいて、A市の商店街の中にひっそりと佇むAクリニックへ診療見学に行くたびに様々な人間模様やドラマをみているかのような時間を過ごしてきました。弟子入りして三年が過ぎ、N先生から弟子と名乗ることを許された(?)と思われますので、今回は研修での思い出を書き綴ってみようと思います。
研修日は豊橋始発のひかり号に乗り、A市に8時20分に着きます。8時30分から始まる診療に滑り込みセーフ。凛とした空気の中にN先生の声が響きわたります。普段は海岸通り皮ふ科院長の私も、Aクリニックでは一人の書生となり師匠の右斜め後ろ45度にピタッと張り付きます。そして明日からの診療に役立つ情報を少しでも逃すまいと処方や説明をメモしてゆきます。3年間で書きためた研修ノート4冊は私の大切な宝物となっています。Aクリニックには主に皮膚科疾患の患者さんが訪れるのですが、漢方の名医たるN先生はほぼ全科にわたる幅広い知識と腕前をお持ちで、おおかたどんな病気にも対応されます。もともと治りにくい皮膚病は、食生活の乱れや胃腸虚弱、冷え、ストレスなど皮膚以外に根深い原因が潜んでことが多く、塗り薬を塗っても一時期だけ症状を抑えているだけのことが大半です。完治を目指すためにはその患者さんの問題点を洗い出して徹底して改善してゆくことが不可欠だということを、治ってゆく患者さんをみて強く感じてきました。何よりも「食」がいかに大切か。そして胃弱や便秘の改善、冷えの改善がいかに大切かをN先生は口を酸っぱくして患者さんに説明されます。難治の皮膚病患者さんには禁煙は絶対的に必要であることも強く指導されます。N先生は「怖~い先生」で、「禁煙できないならここへ来るな」とまで言われ、生活スタイルの改善が漢方治療をより効果的にしていることは疑いの余地もありません。不妊症で体外受精を何度行っても妊娠できなかった患者さんを漢方薬で何人も出産まで導かれたり、漢方治療しながら統合失調症患者さんの内服している多種類の精神科薬を徐々に減量してゆき統合失調症まで改善させてしまう、その凄腕は魔法をみているかのようです。病気を治すためには薬を沢山飲むことより生活改善が大切で、そして自分の持っている力を取り戻すために漢方薬も大いに役立ちます。こんな漢方治療を健康保険を使って受けることができる日本の医療制度のすばらしさ。もっともっと効果的な漢方治療ができるよう、そして師匠に少しでも近づけるよう、果てしなく続く漢方の旅をこれからも続けたいと思っています。一人でも多くの患者さんが笑顔で治療を卒業できる日が来ることを祈りつつ。
平成26年4月4日 院長