院長の部屋 89号 渡辺淳一とさだまさし
梅雨に入り、ジトジトと暑い日が続きます。皆様におかれましてはお変わりございませんでしょうか。皮膚病が多発する夏期、皮膚科医院はザワザワと混み合い、皆様にはご迷惑をおかけしますが、どうぞご容赦のほどよろしくお願いいたします。
さて、先ごろ作家の渡辺淳一が逝去されました。札幌医大卒の整形外科医から作家に転向し、「失楽園」をはじめ多くの話題作を残した著名人です。遡れば30数年前、私が高校2年の時、友人から勧められて渡辺淳一の作品を読み始めました。といっても、最近渡辺の書く男女恋愛モノではなく、渡辺の初期の作品で医学や医療を題材とした小説です。当時、渡辺淳一は医学関連小説を次々と発表し、特に1968年に札幌医大で行われた日本初の心臓移植を題材にその光と影を書き綴った「ダブルハート」で脚光を浴び、同時に心臓移植についての内部告発的内容により、札幌医大を追われ医師を辞め作家としての道を歩んだという経緯があります。高校2年から3年にかけて受験勉強そっちのけで、彼の医学小説を貪るように多数読んだ記憶があります。そして彼の小説を読むにつれて、医師になりたいと思う気持ちがますます強くなり、なんとか医学部に入学できたのですが、まさに私が医師として今ここにいるのは、渡辺淳一の小説を読んで医師になりたいと思うモチベーションが高まり医学部へ進んだためかもしれません。医療という仕事を通じて自分の天命知るべき年齢に達した今、医師としてほんの少しですが社会貢献できつつあるのは、渡辺淳一が世にだしてくれた小説が私に力を与えてくれていたような気がしています。渡辺淳一先生に感謝し、ご冥福を祈りたいと思います。
もう一人、私の人生の様々な場面で元気を与えてくれたり、励ましてくれたのが、さだまさし。私は中学の時からずっと隠れファン(?)で、かつてはレコードLP版も何枚も買い集めたものでした。以前はコンサートも何度か行きましたが、最近はNHKで深夜に時折放送される「今夜も生でさだまさし」を観ては、さだまさしから元気をもらっています。彼の曲の中で私の一番好きな曲が1978年に発売されたアルバム「私花集」(アンソロジー)の中の一曲「主人公」、二番目が1987年に発売されたアルバム「夢回帰線」の中の一曲「風に立つライオン」です。この順位は多くのさだまさしファンにおいても、よく似た結果のようで、さだまさしファンは感性が似ているのでしょうか。
「主人公」の中に「勿論今の私を悲しむつもりはない、確かに自分で選んだ以上精一杯生きる・・・小さな物語でも自分の人生の中では誰もがみな主人公」、そして「風に立つライオン」には、「やはり僕たちの国は残念だけれど何か、大切な処で道を間違えたようですね・・・診療所に集まる人々は病気だけれど、少なくとも心は僕より健康なのですよ」といったフレーズがあります。それらの言葉から元気をもらったり、自分を見つめ直す機会をもらっています。楽曲「風に立つライオン」の背景をベースにさだまさしが小説「風に立つライオン」を発表しました。とても心打つ内容で、是非皆さんも機会があればお読みいただきたいと思います。そして来年、映画化される予定とのことですが、その小説の中にこんな文章がでてきます。「医師が患者から奪ってはいけない最も大切なものはな、命じゃないんだよ。希望なんだ。だってよ。命はその人の身体の持ち物だけど、希望は心の持ち物だろ? 人はよ、身体だけで生きてるんじゃねえだろ? 心で生きているんだからさ」 このフレーズ、我々医療に携わる者が心に留めておくべき、重い重い言葉だと思います。人情派さだまさしが発するこのような言葉たちに、時に心震わされて、時に励まされて、日常の診療に取り組む日々をおくっています。
平成26年6月24日 院長